先日公開した「付き合えば?」の制作意図について。

先日公開した「付き合えば?」の制作意図について。

先日、Twitter上で彼氏/彼女を欲しがっているツイートを抽出して表示する「付き合えば?」というサイトを公開したところ、大きな反響がありました。ソーシャル・ネットワークでのシェアは、公開から1日経って8889Tweet、660はてブ、2062Likeという状況。また、ねとらぼPouchなどのウェブメディア、gori.meなどの著名個人ブログにも取り上げられました。

付き合えば?

構想30分、総製作時間1時間、必要な技術はTwitterの埋め込みウィジェットと、HTMLとCSSの初歩的な知識のみというこのサイトがなぜこんなに話題になったのか。制作意図の解説を通じて浮き彫りにしていければと思います。

まず作った理由ですが、このツイートに書いてある通り完全にただのノリです。ただ、作ったのはノリではありますが、そこに至るまでにずっと考えていたことがあります。それは何かと言うと、「彼氏/彼女が欲しい」という言葉には独特の滑稽さと哀愁があるということです。

本来的に、彼氏/彼女は特定の誰かを指す言葉であるはずです。もし僕がA子さんと付き合っていたとしたら、僕が言う「彼女」はA子さんを指します。ただ、A子さんの存在なしに僕が「彼女」と言ってもそれは誰のことかわかりません。誰かわからない、しかし偶像として存在する「彼氏/彼女」が欲しいという言葉には、一抹の寂しさと、独特の滑稽さがあります。

また一方で、すでに意中の人がいるときに言う「彼氏/彼女が欲しい」という言葉もあります。こちらは本心である「◯◯さんと付き合いたい」という言葉を呑み込んだ上での、「彼氏/彼女が欲しい」という吐露なわけです。ここには、特定の誰かを想いながら、本人にはまだ直接伝えられない切なさ、哀愁が漂っています。

これら2つの思いは、おそらく誰もが経験したことのあるものです。今現在彼氏/彼女がいる爆発すべきリア充たちであろうと、独り身だったことがない人はいません。人はすべからく「彼氏/彼女が欲しい」と思ったことがある、そう考えました。

そして、それらをどう表現するか考えた結果が「彼氏/彼女欲しいなあ」というツイートの抽出という方法でした。ピックアップするのを「彼氏/彼女欲しい」でも「彼氏/彼女欲しいな」でもなく、「彼氏/彼女欲しいなあ」という言葉にしたのは、最も感情が発露している表現だからです。

さらに、「付き合えば?」というタイトルによって、それらの人をあたかも突き放しているかのように映るようにしました。上述した通り、「彼氏/彼女が欲しい」と言っている人は一見、愚かしいことに「彼氏/彼女がいるという状態」を欲しているように見えます。それらを風刺しようと考えたのです。

先日サイトを公開したあとで、僕はこんなツイートをしました。

Twitterという新しいメディアでの感情の吐露を風刺的に描くことは十分に現代アート足り得るのではないかと思ったんですね。今までこんなに多くの人の「彼氏/彼女が欲しい」という声を集めることは不可能だったわけですから。

そして、「付き合えば?」は技術的に簡易なのが最高なんです。今どきの子なら中高生でも作れる程度のウェブサイトです。しかし、見せ方や文脈を整えることによって、これだけ多くの人に共有されるコンテンツになり得たというところに、僕は面白さを感じています。

今はニュースサイトの投稿や、面白がって試しに投稿しているユーザーが多い状態ですが、時間が経てば元通りになるはずです。むしろ、みんながこのサイトの存在を忘れてしまってからが本番だと思っています。

製作者として、インターネット上で話題のトピックなど知りもしない普通の人たちが、何の気なしにした「彼氏/彼女欲しいなあ」というツイートばかりが流れてくるようになったときを待ち遠しく思っています。


このブログに掲載されている写真は2013/05/24以降はRICOH GR、それ以前はRICOH GR DIGITAL IIIで撮影されています。


カテゴリ : ART BLOGこのブログをRSSで購読する